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メデルケ
代表

井原 真吾 さん

Shingo Ihara

上市町メデルケ井原さん

上市町出身の井原さんは元バックパッカー。
「やっぱり田舎が一番」とUターンして
山の恵みを六次産業化。

かみいちの有志がつくったブランド。

東南アジアやインドを放浪していたバックパッカーの井原さんは、日本の都会生活も経験したあと、
「やっぱり田舎が一番」ということで上市町にUターンしました。
様々な経験を積んでグローバルな見聞を広めた井原さんは、アグレッシブで発想が豊か。
面白いと思ったことはすぐチャレンジして、いくつもの生業を営む多彩な顔を持っていました。

最初は陶芸家になるつもりで帰省しましたが、家業の農家を手伝いながら、さらに他の農家の農業代行業も始めました。
上市町主催の雇用創造事業で加工特産品開発セミナーが開かれると
仲間とグループをつくり、山菜のドレッシングを開発して、「メデルケ」を起業しました。

上市町メデルケ

田舎で暮らすなら、わらじは何足?

井原さんは、農業と兼業しながら「メデルケ」を運営していますが、
それだけではなく、日本の暮らしと伝統を外国人も体験できる「田植え世界選手権」や「稲刈り世界選手権」を開催したり、
公道や民家の草刈り代行業「草刈り侍」を主宰しています。
さらに、井原さんは、スキーのチューンナップ工房「Happy」とテレマークスキー教室&ツアーサービスも行なっています。
「Happy」の仕事場は、井原さんの祖父(農家)がセルフビルドでつくられた素敵な小屋です。( 今回そちらでお話を伺いました。)
井原さんは、小さい頃から山に親しんだり、おじいちゃんが使っていた木材や工具を遊び道具にして育ったそうです。

「メデルケ」や「Happy」は、上市町の存在と、井原さんが帰ってきたからこそできたことだと思いました。
「メデルケ」の由来は、富山弁で「芽、出るけ?(芽が出ますか?)」と「愛でるけ?」(愛でましょうか?)を英語やフランス語っぽく表現しています。
プロモーションのために東京青山のマーケットに出店したり、精力的に全国各地に出かけています。
山菜もカレーに入っているイノシシ肉も新鮮な天然ものをふんだんに使用しているので、自然の風味たっぷりで評判上々だそうです。

里山ライフの素晴らしさを発信したい。

天然の山菜を安定供給させるために、上市町の耕作放棄地を使えるように耕して、
ワラビやズイキを植えて自然栽培しています。
醤油・味噌・酒などの調味料も、かみいち産にこだわって、
町全体の活性化に尽力しています。

井原さんは、「メデルケの商品を通して、上市町を知ってもらい、
多くの観光客に訪れてもらったり、移住者が増えると嬉しい。」と話します。
そして、「ただ特産品を売るだけでなく、
かみいち里山ライフの素晴らしさを多くの人へ発信していきたい。」と語りました。

上市町で穫れる山菜は、なんと20種類以上もあるということです。
井原さんは、春に「天然の山菜狩りツアー」を発案、
全国から大勢のお客さんを呼ぶプランをたてています。
「富山湾のホタルイカを網ですくうツアー」も同時計画中だそうです。

上市町メデルケ

縁もゆかりも無い者が上市町に移住して暮らせる?

Iターンの移住は、Uターンよりもっと多くの不安材料(仕事や住居など)があるのはないかと私たちは思います。
率直に私たちの仕事に関して質問...
「デザイン業のニーズはありますか?」と井原さんに尋ねてみました。

「デザイン業は、行政(役場)に結構あんじゃないかな〜」と井原さん。
また、「プライベートブランドを売り出したいという民間の中小企業も増えているので
コンサルティングもデザインもできる人が、地域に必要になっている。」とおっしゃいました。
そして...「色々不安はあると思うけど、来れば何とかなるし、自分も応援しますよ〜」とエールをいただきました。
井原さんのような地域活性を積極的にやっている地元のキーパーソンとつながることが、Iターン移住のポイントかもしれません。

井原さんには、夜のかみいち(伝説の居酒屋と地元民御用達のスナック)も案内していただきました。
お世話になりました。 ありがとうございました。